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後世まで名を残した出歯亀事件

のぞき趣味を持つ変態に対して「出歯亀」というが、そのきっかけとなった事件が「出歯亀事件」である。

のぞきが趣味の亀太郎

植木職人兼鳶職人の池田亀太郎は、湯屋ののぞきが趣味だった。

女湯をのぞくだけでなく、女性に対して乱暴を働くことも一度や二度ではなかった。

家族は、母と妻と2歳の長女の4人暮らしだったが、家賃が支払えず滞っていた。

また、周りからの評判も、怠け者、職人としてはたいしたことない、と散々な評価だった。

事件概要

1908年3月22日、東京府多摩郡大久保村の住人、下谷電話交換局長幸田恭の妻ゑん子(27)は、近所の湯屋「藤の湯」へ夜の8時頃に入浴に出かけたが、夜の10時を過ぎても帰宅しない。

不審に思った家族が捜索願を出し、近隣住人と一緒になって付近を探したところ、富士湯の近くの空き地で濡れ手ぬぐいを口に押し込まれて絞殺されているゑん子を発見した。

新宿警察署は直ちに犯人の捜査に乗り出し、嫌疑者として延べ20人余りを調べたが、この中には後の出歯亀こと池田亀太郎(35)もいた。

亀太郎は、別件容疑で逮捕された。

当初はゑん子殺害については口を閉ざして話さなかった亀太郎だが、4月4日になって自供した。

 

亀太郎によると、犯行当日は午後5時30分に仕事を終え、帰りに居酒屋に寄ってほろ酔い気分で自宅に帰る途中、持病ののぞき趣味が出てしまう。

藤の湯に行き、女湯をのぞいているとちょうど女性が着替えているところだったが、その女性こそゑん子であった。

亀太郎は、ゑん子が女湯から出てくるのを物陰に身を潜ませて待ち、ゑん子が出てきたところを後ろから襲い、近くの空き地に引きずり込んだ。

襲われたゑん子が悲鳴を上げると、亀太郎は慌ててゑん子が持っていた濡れ手ぬぐいをゑん子の口に押し込んだ。

その後、亀太郎はゑん子に暴行し、用を済ませてその場から逃げていった。

亀太郎は、翌日の23日も翌々日24日も仕事に出たが、25日になってゑん子が死んだことを知った。

 

逮捕された亀太郎は、犯行を自供したものの、裁判では拷問を受けたから自供したといいだした。

結局、自供以外に証拠がなかったが、亀太郎がやっていないという確証がない。

 

東京地裁は、亀太郎に対し、婦女暴行致死罪で無期懲役刑を言い渡した。

亀太郎は控訴したが、結果は同じで無期懲役刑が宣告された。

亀太郎は上告するが、大審院は上告を棄却し、無期懲役刑が確定した。