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つくば母子殺人事件

平成6年11月、横浜で絞殺された女性の遺体が発見され、取り上げられた。

出会い

野本岩男は、平成2年に殺害された映子さんと医師や看護師が集うテニス会で出会った。当時の野本は25歳の研修医で、映子さんは2歳年上の27歳、2人の子供を育てながら看護助手をしていた。

当時の野本には交際しているOL女性がいたが、映子さんと知り合ってから2~3か月後には映子さんと同性を開始している。

映子さんの出産・結婚

野本は映子さんと同棲生活を送るようになってからも、OL女生との交際が続いたが、映子さんが妊娠したことでOL女性は身を引くことになり、映子さんは出産、二人は結婚する。

しかし、野本は入籍3日後には結婚したことを後悔したと供述している。

 

結婚した後も野本の女グセの悪さは治らず、1か月後には別の看護婦と交際を始める。映子さんと入籍してから3か月のことだった。さらに野本は複数の女性にも手を出していたが、映子さんが妊娠したため、1人目の子供の面倒を見るようになる。この半年間が唯一の夫婦らしい生活を送った期間であった。

転勤先の看護婦と関係を持つ

野本は別の病院に転勤になると、転勤先に行く先々で看護婦へ次々と手を出し浮気をした。同時に複数の看護婦と関係を持つことも珍しくなかったという。なかでも人妻の看護婦を気に入り、妻の映子さんにはプレゼントを贈らないのに、人妻の看護婦には総額100万円を超すプレゼントをしたという。

平成6年3月になると、別の看護婦に目をつけるようになる。

野本は供述で「彼女は何事にも控えめでした。それに比べて映子はしつこく、独占欲の強い女で、私は映子に愛情など持っていなかったのです」と答えている。

看護婦と関係を持った3週間後、野本は映子さんに看護婦との関係を詰め寄られ、看護婦に電話をかけさせられている。電話を代わった映子さんが彼女に問い詰めると、看護婦は野本と結婚したいと告げる。そして、映子さんの怒りは野本に向けられ、慰謝料1億円と養育費月100万円の訴訟話が出る。

しかたなく野本は映子さんにはよい父になることを誓わされる。そして、看護婦と二人になると映子さんと別れて結婚すると約束している。

ケンカの果てに

事件はさらに1か月後に起こる。野本が職員旅行で買ってきた土産に映子さんが文句をつけたことがきっかけだった。

そして、この日から二人の間には口論が続き、6日後に野本は映子さんの首を絞めて殺害、2人の子供も殺した。

野本は3人の遺体を捨てたが、殺害の翌々日に横浜港から映子さんの遺体があがり事件が発覚。その後、子供二人の遺体も発見された。

判決

平成8年2月、横浜地裁は無期懲役の判決を言い渡す。

平成9年2月、最高裁への上告を取り下げたため、無期懲役が確定した。

 

参考

殺人者はそこにいる 逃げ切れない狂気、非情の13事件  新潮45編集部編