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練馬一家五人殺害事件

練馬一家五人殺害事件は、1983年6月27日に東京都練馬区大泉学園町で一家五人が殺害され、バラバラにされた事件。

発見されたときは、遺体がバラバラにされていて何人の遺体があるのか分からなかったという。

犯人は不動産鑑定士

犯人は、東京都杉並区に住む朝倉幸治郎(48)で不動産鑑定士の男だった。

不動産鑑定士は、弁護士、公認会計士と並ぶ難関資格の一つで、不動産の鑑定業務を独占して業務として行える唯一の国家資格。

現場となった住宅は、朝倉にとって初めての競売物件だった。

経緯

不動産鑑定士として独立した朝倉は、1983年2月に東京都練馬区大泉学園町の競売物件を1億280万円で落札した。

624㎡の土地に建つ延べ床面積130㎡以上の二階建て一戸建てで、既に転売先も決まっており、十分な利益が出ると思われていた。

しかし、対象となる一戸建てには、白井明と家族6人が住んで住んでいた。

朝倉は、白井に立退料を支払うつもりで交渉していたが、白井はあれこれと理由をつけて立ち退きを伸ばし続けていた。

物件代金1億280万円は、全てが銀行からの借り入れで毎月の利息だけで100万円近くに上り、自分が保有する資産を担保にしての借り入れによるものだった。

立ち退きを引き延ばされ続けることに焦った朝倉は、破産を恐れ、次第に白井明に対する憎悪へと変わっていった。

 

1983年6月27日午後2時45分ごろ、手提げバックを持って白井家のインターホンを押す。

出てきたのは白井明の妻で「主人は出かけている」という。それを聞いた朝倉は、「中で待たせてもらう」と半ば強引に住居に侵入する。

「警察を呼ぶ」と叫ぶ白井明の妻に対して、持ってきた手提げバックからハンマーを取り出して白井明の妻を撲殺した。すぐさまその場にいた1歳の赤ん坊と三女(6)を殺す。

その後に帰宅した次女(9)と白井明を殺害し、5人の遺体を風呂場に運んだ。

5人の遺体を風呂場に運んだ朝倉は、あらかじめ用意してきた道具、電動切断機、包丁、ノコギリ、手袋、ビニール袋を使って解体してミンチにした。

翌朝、近所の住人が様子を見に来ると、朝倉が出てきて「夕べ引っ越した」という。

朝倉の様子に不信を抱いた近所の住人が警察に通報したことで事件が発覚した。

現場に駆け付けた警察官は、あまりの凄惨な現場に絶句したという。

犯人の過去

朝倉は、秋田の出身で、朝倉の父親は地元では有名な極道だったという。

朝倉を知る人物からは、礼儀正しい反面カッとすると何をするか分からない人物と思われていた。

朝倉は、過去に親の遺産争いで揉めた際に弟の眼球をくり抜いて殺人未遂で懲役3年の刑の半血を受け、服役していた。

その後、人生をやり直すために東京の不動産鑑定事務所に就職し、その後に独立。

判決

朝倉は、高地所では模範囚として過ごし、刑務官からも評判が良かったという。

 

1985年12月に東京地裁において死刑判決。

1990年1月に東京高裁は控訴を棄却。

1996年12月に最高裁は上告を棄却したことで朝倉の死刑が確定した。

2001年12月27日死刑執行。