大正6年（1917）3月2日、東京市下谷区の医師が、龍泉寺町に住む大工の小口末吉（29）から、妻の病気を診てほしいとの依頼を受けた。
医師が末吉の自宅に行ってみると、若い女性が全身にやけどを負い、手足の指が切断されて苦しそうにしていた。
医師は、女性の姿に驚きながらも応急処置をし、その後虐待の疑いがあるとして警察に通報した。
3月4日、やけどが化膿して女性は死亡した。死亡したのは矢作よね（23）という名前の女だった。
よねの身体は全身傷だらけで、局部にも左右3つずつの傷があり、背中と右腕には「小口末吉妻」の文字が焼き火箸によって刻まれていた。
大正6年3月2日、こうして東京市下谷区の住人、大工の小口末吉（29）が逮捕された。
事件の発覚
大正6年（1917年）3月2日、「妻がけがをしているので診てやってくれ」と末吉からの依頼を受けて、医師が末吉宅を訪ねてみると、若い女性がふとんの上で、全身に硫酸を浴びたうえ、手足の指を切断されて苦しんでいた。
苦しんでいる女性は、末吉の同棲相手の矢作よね（23）だった。
よねの体中は全身傷痕だらけで、傷痕は化膿しており、医師がふとんをめくると傷痕からは悪臭の臭いがした。
医師はよねに応急処置を施した後、虐待の疑いがあるとして警察に通報した。
医師の通報により駆けつけた警察は末吉を逮捕した。
逮捕された末吉は、自分は何も悪いことをしていないと主張していたが、翌日に犯行を認めた。
よねは、やけどが化膿して中毒を起こし、2日後の3月4日に亡くなった。
手足の切断と「小口末吉妻」の文字が刻まれた身体
3月4日の午後9時頃、傷の化膿が原因でよねは亡くなった。
解剖の結果、よねの身体には腰から膝まで22か所の傷があり、局部にも左右に3つずつの計6か所の傷があった。
そして、背中と右腕には「小口末吉妻」の文字が焼き火箸によって刻まられていた。
左手の薬指、小指は第2関節から先が切断されてなくなっており、左足の薬指と右足の中指、小指は切断されてなくなっていた。
読売新聞は以下の記事を報道した。
「末吉は生来残忍なる上、嫉妬深く、かつてなせるヨネの不始末を思い出すごとに常に手酷くヨネを攻め……四肢を細紐にて縛し、手拭いにて猿ぐつわをはめたる上、刃物にて両足親指を切断したるを手始めに……焼け火箸にて背部に『小口末吉妻、大正六年』と烙印したるなど、残忍極まる凶行に出で、ヨネは今日まで生き地獄にも等しい呵責のもとにありたるものと判った。」
サディズム夫とマゾヒズム妻
末吉とよねの2人の出会いは、芸妓の女中をしていたよねの美貌に末吉が惹かれたことがきっかけだった。
末吉は風采の上がらない大工だったが、何故かよねに気に入られ、2人は同棲を始めることになった。
2人が同棲して間もなく、よねは何度も別の男と密通を繰り返し、密通が発覚するたびによねは末吉に謝った。
よねは謝っては密通を繰り返したが、末吉との仲は悪くなかったという。
末吉の自供によれば、よねの身体に傷をつけるようになったのは、よねが言い出したからだった。
「身体に傷を刻むことで、他の男に心を動かさないようにするためだ」とよねが言うから行ったというのである。
「よねが傷をつけてくれと言ったからつけたのだ。嫌だと言えば、別れると言う。別れるのは困るから、言われるままにやった。」とも供述している。
末吉の自供によれば、指を切断するのは性行為の後だったそうだ。
再び密通しないように、よねは自分でまな板の上に指を乗せてノミを使って切ろうとするが、なかなか切断できず、一面が血の海になる。上手く指を切断できないので、末吉に切ってくれと頼む。
仕方ないので、言われた通りに末吉がノミで切断するというのがいつものことだという。
よねは真正のマゾヒストで、末吉に言わせると、よねは傷をつけた際も焼け火箸をつけた際も、一度も痛いと言わなかったという。
よねの要求を満たしてやることで、次第に末吉もサディズムへの道を歩んで行ったのである。
判決
末吉は傷害致死罪で起訴された。
末吉は、東京地裁で検察から懲役10年以上の刑を求刑されたが、判決を待つことなく、大正7年9月23日に脳溢血で死亡した。
