平成12年に北海道恵庭(えにわ)市で起きた「恵庭OL殺人事件」で、殺人と死体損壊の罪で懲役16年の判決を受け、2018年8月に刑期を終えて出所した元受刑者が会見を開いて無実を訴えた。
服役を終えた大越さんは、一貫して無実を訴えており、再審請求もしたが棄却されている。
恵庭OL殺人事件は、物証に決め手を欠いたり、杜撰な警察の捜査から、えん罪の声が当初からささやかれていた。
恵庭OL殺人事件概要
12年3月17日の午前8時30分頃、幼稚園のバスの運転手が路肩に真っ黒な物体のようなものを発見。
運転手から依頼を受けた近所の主婦が確認をしに行くと、人間の焼死体が横たわっていた。
あばら骨が見えたので、すぐに人間だとわかりました。タオルのようなもので目隠しをされ、あおむけに横たわっていました。なぜこんなところに人間の焼死体があるのかと思いつつ、車をバックさせて親せきの家に飛び込みました。
「殺ったのはおまえだ」
第一発見者の主婦は、親せきの家に飛び込んだ後、親せきを連れて再び現場に戻って確認すると、警察に通報した。
遺体は完全に炭化しており、特に下半身と首回りはひどく焼け焦げていた。
遺体の目にはタオルがまかれた目隠し状態で、足はやや開いており、争った形跡はなかったという。
その後の解剖結果によれば、死因は頸部圧迫による窒息死であった。
遺体は、灯油がかけられたうえで焼かれたことも判明した。
被害届と指紋確認によって、被害者は、千歳市にある日本通運札幌東支店キリンビール事業所配送センターに勤務する橋向香(はしむかいかおり)さんであることも判った。
また、北海道警察の調べにより、行方が不明だった橋向さんの車が、配送センター近くにあるJR線「長都駅」の駐車場に停車していることも確認した。
北海道警察が、橋向さんが発見される前の行動について調べたところ、事件があった夜に同僚女性と退社していたことが判った。
また、社内を調べたところ、女子更衣室から橋向さんが持ち帰った携帯が発見された。
携帯の履歴を調べると、橋向さんの死亡推定時刻より後に発信されたことが確認され、このことによりアリバイ工作が行われたと見て、社内の人間による犯行に的を絞った。
従業員に対する事情聴取から、北海道警察は橋向さんの同僚であった女性Oの犯行を疑った。
社員たちへの事情聴取より、同僚男性(以下Aさん)をめぐる三角関係も明らかとなった。
また、その後の調査によって、Oの携帯電話から、橋向さんの携帯電話に対する嫌がらせの電話が複数回発信されていることも判った。
以上のことから北海道警察は、Oに的を絞り、彼女の自宅を捜索した。
Oの自宅からは、橋向さんの携帯電話が書かれたメモが発見され、Oが所有する車からは、橋向さんのロッカーの鍵が見つかり、助手席から灯油も検出された。
北海道警察は、任意同行を求め、Oがこれに応じると、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるほどの厳しい取り調べを行った。
北海道警察の厳しい取り締まりにもかかわらず、Oは犯行を認めることはなかったが、虚偽内容の供述を行ったことから、5月23日に逮捕に踏み切った。
犯人の生い立ち
Oは、北海道にある人口5千人の静かな町、早来(はやきた)町で生まれ育った。
苫小牧の高校を卒業後、木材会社や建設会社で勤務し、その後に早来町役場で働き、平成10年1月に日本通運札幌支店キリンビール事業所にアルバイトとして採用された。
Oが勤務した木材会社や建設会社の関係者によれば、Oが在籍していた期間に様々な事件が起こったそうだ。
Oが在籍した4年間は、放火事件の他に、数えきれないほどの窃盗事件が車内で起きた。
とにかく机に入れておいた貴重品やお金が無くなってしまう。
あまりにも頻繁に起きるため、出入りの業者が事務所内に入れないように仕切りを設けたり、戸締りを厳重にするなど、車内では疑心暗鬼の日々が続いたという。
「殺ったのはお前だ」
日本通運札幌支店に採用後、やがて同僚のAさんと親しくなり、OとAさんは付き合うようになる。
OはAさんとの結婚を期待していたという。
Oがアルバイトとして採用された10か月後の平成10年11月に採用されたのが橋向さんだった。
翌11年の7月には、Oと橋向さんはアルバイトから契約社員に雇用形態が変わっている。その際、Oは「他の人よりも先輩なのに同じ待遇であること」について不満を述べたという。
犯行前
平成12年2月頃に職場の歓送迎会が行われた。
この歓送迎会をきっかけに、Aさんと橋向さんは親密になっていく。
歓送迎会から1週間後、AさんはOに対して別れ話を切り出すと、OはAさんに対して考え直すように泣きながら訴えたという。
OがAさんと橋向さんの関係に気づいたのは、3月6日以前のことで、これはOが以前交際していたBさんとの通話から明らかとなっている。
Oは、以前に不倫関係にあったBさんに、Aさんとの関係を何度も相談している。
事件前にもBさんに対してAさんに対する不満から、会社に行くのが嫌だと語っていたという。
えん罪説を支持する理由
この事件は、物的証拠の乏しさや、自白目的でPTSDになるほどの取り調べを行ったことから、当初からえん罪を主張する声も多かった。
・Oと橋向さんが退社した時間から計算すると、殺害と死体遺棄、放火までを行う時間は45分しかなく、犯行は難しい。
・橋向さんは身長160センチ以上、体重約60キロあった。対してOは身長が147センチしかなく、体重も47キロで非力だったため、Oが単独で橋向さんを殺害したと考えるのは無理がある。
・橋向さんの遺体は、両肢を開いた状態で、下半身が炭化しており、性犯罪を疑わせるものであるのに、強姦の有無が調べられていなかった。
・事件当日のアリバイがない従業員が複数名いた。
・Oを橋向さん殺害と直接結びつける証拠がない。
・Oに対する任意聴取が始まった後、早来町で橋向さんの車の鍵、香水、電卓、眼鏡ケースが灯油をかけて燃やされているのが発見されたが、捨てられたのはOが北海道警に任意同行された後の可能性が高い。
検察側は彼女が殺したというが、具体的にどこでどのように殺害したのか特定しておらず、証拠もゼロです。
道警は最初からOを容疑者と考え、極端な見込み捜査をしていた。
「恵庭OL殺人事件 こうして犯人は作られた」
判決
2003年、第一審で札幌地裁は、状況証拠から大越の犯行を認め、懲役16年の判決を下した。
判決を受けて被告人は控訴した。
2005年9月、札幌高裁は第一審を支持し、控訴を棄却した。判決を受けて被告人は上告した。
2006年9月、上告は棄却され、懲役16年の刑が確定した。
2018年に刑期満了し、記者会見を開いて改めて無罪を訴えた。
恵庭OL事件記事訴訟
新潮45の2002年2月号に掲載された「恵庭社内恋愛絞殺事件」と題した記事に対して、名誉棄損に当たるとして、出版の差し止め及び1,100万円の損害賠償を請求した。
記事では、公判がまだのうえ、決定的な証拠がないにもかかわらず、被告を犯人のように書いていた。
その後、最高裁で有罪判決が確定したことから、高等裁判所は、出版の差し止めまでは認めず、110万円まで減額した賠償額の支払いを言い渡した。
16年の刑期を終えた後も無罪を主張
16年の刑期を終えて2018年に札幌刑務所を出所した大越美奈子さんは、記者会見をして「殺人も死体損壊もしていない」と改めて無罪を訴えた。
参考書籍
「殺ったのはおまえだ 修羅となりしものたち、宿命の9事件」 新潮45編集部編
「恵庭OL殺人事件 こうして犯人は作られた」 伊東秀子著