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大西克己連続身代わり殺人事件

近所では評判の夫が突然、妻の目の前で逮捕された。

犯人の名前は、大西克己。山口県の出身だった。

1955年、大西は、山口の実家で養父母を青酸カリで毒殺し、現場には親子三人で自殺すると書かれた遺書が残されてあった。しかし、現場に大西の姿はなかった。

近隣調査

遺体発見後、警察が大西について近隣に聞き込みをすると、大西は事件前に勤めていた会社の売上金130万円を盗んでいたことが判明。大西は、8年前にも窃盗で逮捕され、指紋を登録された前科持ちだった。聞き込みの結果、遺書は捜査をかく乱するものと断定したが、その後の足取りはつかめなかった。

2つの指紋

1958年7月、警察は凶悪容疑者の容疑者26人を全国指名手配した。その中には大西も含まれていた。警察が容疑者26人について調査した結果、大西と同じ指紋を持った異なる人物がいることが分かった。最近、泥酔して他人の家に侵入した男の指紋と大西が一致したことから、2人を同一人物と推定し、大西が成り代わった人物を全国指名手配した。捜索の結果、大西が偽名を使っていることが判明し、大西を逮捕した。

養父母殺害の動機

元々、養父母は子供にめぐまれず養女を取った。やがて養女は結婚し男の子(大西克己)を生むが離婚した。女一人では生活が大変だったため、実家に戻ったが、その際に大西は養祖父母の養子となった。こうして同じ屋根の下、血のつながらない両親との生活が始まった。養父は働かず酒によっては大西を殴った。冷たい家庭環境から大西は荒れ、窃盗で逮捕される。

その後も養父の暴力は止まなかったが、やがて大西は、一人の女性と出会い結婚した。結婚した大西が家を出ようとすると、稼ぎ頭の大西に逃げられまいと養父母が嫁に前科者であることをばらすと脅される。

追い込まれた大西は養父母の殺害を決意する。

養父母殺害後の足取り

大西は、養父母を殺した後、妻子を置いて別府、東京へ逃走した。逃走途中に新聞で指名手配されていることを知った大西は、1956年2月に東京で戸籍を売りたがっている男と出会う。この男こそ大西の新しい偽名の本当の持ち主だった。

警察が身元不明となっている死体を徹底的に調べると、岡山で身元不明の焼死体があることが判明した。親族に身元不明の遺留品を見せると大西が成り代わった男性の所有物であることが判明した。大西は、戸籍を買ったものの、戸籍の売買を誰かにしゃべらない保証はない。売買の事実が発覚することを恐れた大西は、男性を殺害することにした。さらに身元が判明してしまうと死亡届が出されてしまうため、身元が分からないよう遺体にガソリンをかけて燃やした。

その後、別の人物として就職し、新しく出会った女性と結婚して子供も生まれている。

その後、泥酔して他人の家に侵入してしまうという事件を起こし、その際に指紋を取られてしまった。指紋を取られてしまったことで再び身替わりが必要になった大西は、浅草で佐藤という男と知り合いになる。

佐藤さんを旅行の名目で山中に連れ出し絞殺。遺体の身元が分からないように指と鼻を切り取り、オイル缶に入れて湖に沈めた。さらに遺体を山中で棄て、顔が分からないように硫酸をかけた。

完璧な犯罪のはずだったが、湖で遊ぶ近所の子供がオイル缶を発見。中から切断された指と鼻が出てきた。このことで警察が付近を捜索すると、指と鼻の切り取られた遺体も発見された。

発見された指にはかすかに指紋が残っており、遺体の身元が判明。実は、佐藤さんは前科があり指紋が登録されていたのだ。

 

昭和33年7月、大西は全国指名手配されたのち逮捕された。

判決

昭和34年(1959年)、第一審で死刑判決。

昭和40年(1965)、死刑執行された。