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平成14年(2002年)1月23日、静岡県三島市に住む女子大生が粘着テープで手を後ろに縛られながら、灯油をふりかけられて焼き殺されるという衝撃の事件が起こった。

 

事件から半年経っても犯人の足取りがつかめず、迷宮入りが囁かれだした頃、別のひき逃げ事件で逮捕された服部純也(はっとりじゅんや)の唾液と被害者から検出された一致したため、静岡県警は平成14年7月23日に服部を監禁、強姦、殺人の容疑で逮捕した。

 

殺害した人数が1人だと、日本で死刑が言い渡されることはまれだったが、服部には死刑が言い渡された。

三島女子大生焼殺事件の概要

平成14年(2002年)1月23日の深夜、静岡県警に一本の通報があった。

通報をもとに警察が現地に駆けつけてみると、女性の焼死体が横に倒れていた。

 

遺体の口元には粘着テープでふさがれた跡があり、手は後ろで縛られていた形跡があった。

また、遺体周辺には灯油がまかれ、生きたまま灯油をかけられて焼き殺されたことも分かった。

 

遺族の届けにより、被害者は三島市在住の上智短期大学に通う山根佐知子さんと判明した。

 

山根さんは、三島駅前にある居酒屋でアルバイトを終え、帰宅しようと自転車を走らせていると、突然彼女の横を1台の車が近づいてくる。

男は運転席の窓を開けて、車に乗るように山根さんを誘ったが、彼女は男の誘いを無視した。

すると男は山根さんを先回りして待ち伏せ、自転車に乗った彼女が近づいてくると、再び彼女を誘った。

再び山根さんに誘いを断られると、男は強引に彼女を自分の車の後部座席に押し込んだ。

 

山根さんを誘拐した男は、脅迫しながら車で移動し、静岡県田方郡函南町の路上で車を停め、後部座席で恐怖に震える彼女を強姦した。

強姦後、後部座席に山根さんを監禁したまま、彼女の自転車を処分するために、彼女を拉致した場所に戻って自転車を回収した。

 

自転車の処分場所を探している途中で、覚せい剤をうつために注射を取りに一度自宅に戻ると、玄関に灯油が入ったポリタンクを発見する。

男は、ポリタンクに入った灯油を見て、彼女に灯油をかけて火をつければ、身元不明の焼死体になるのではないかと思いつく。

 

深夜2時頃、山根さんを車に監禁したまま山中の工事現場に到着すると、彼女を車から降ろし、恐怖に震える彼女に灯油を浴びせて火をつけた。

こうして山根さんは生きたまま焼かれ、全身やけどにより焼死した。

迷宮入りから犯人浮上

殺された女子大生は、おとなしくて真面目と評判だった。

アルバイト先でも一生懸命に働き、お客さんからの評判も良かったという。

 

当初、警察はあまりの残忍さから怨恨による犯行を疑った。

しかし、被害者の評判は良く、恨みを買うような有力な手がかりは見つからなかった。

 

事件から半年が経ち、迷宮入りするかと思われた頃、別件で逮捕された男の唾液と被害者の遺体から検出された体液のDNAが一致したことが判った。

 

男は、ひき逃げ事件で服役していた沼津市の土木作業員・服部純也だった。

警察が服部を事情聴取すると、男は女子大生を強姦したうえ、生きたまま焼き殺したことを認めた。

服部純也の生い立ち

服部純也

 

服部純也は、昭和47年7月2日に北海道上川郡上川町で生まれた。

4人兄弟の3番目で、家族は服部が生まれるとすぐに静岡県三島市内に引っ越してきた。

 

服部は、中学時代から問題を起こし、窃盗で少年院に送られるような少年だった。

中学を卒業後は鉄筋工などの現場仕事で働くが、ほどなくして再び窃盗で少年院に送られている。

 

23歳の時には、強盗致傷事件を起こして地元紙に顔写真付きで取り上げられ、刑務所に6年間服役している。

町内で服部の盗癖は有名だったという。

 

事件当時、服部は沼津市の団地で妻と長男、長女と暮らしていた。

 

服部と女子大生はもともと顔見知りではなかった。

自転車で帰宅途中の女子大生を見て、発作的に強姦することを計画した服部は、自転車に乗った女子大生に声をかけた。

時刻は平成14年1月23日の午後11時頃、誘いを断られた服部は、女子大生を強引に自分の車に連行し、口を塞いで脅したうえ車に監禁した。

判決

2004年1月15日、静岡地裁は無期懲役の判決を下した。検察側はこれを量刑不当を理由に控訴した。

2005年3月29日、東京高裁は一審の無期懲役を破棄し、検察の求刑通り死刑判決を下した。

2008年2月29日、最高裁が上告を棄却したため、服部の死刑が確定した。

 

2012年8月3日、服部純也の死刑が執行された。

享年40歳。