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2003年の8月に埼玉県熊谷市で男性1人が刺殺され、それを目撃した女性3人のうち1人が殺害、2人が重傷を負った事件。

事件概要

2002年10月に盛岡刑務所を仮出所した尾形英紀(当時26歳)は、2003年7月に熊谷市でゲーム喫茶をオープンさせた。

この頃、知り合ったのが後に事件のきっかけを作る16歳の少女Aだった。

 

当時、少女Aは家出同然の状態で地元栃木と熊谷市の友人宅を転々とする生活をしていた。

少女Aは、後に殺害される風俗店店長の鈴木秀明さんの部屋にも出入りしており、妻子のいた尾形とも愛人関係になっていた。

少女Aと鈴木さんは、次第に口論が増えるようになり、いつしか少女Aは鈴木さんとのことを尾形に相談するようになる。尾形が鈴木さんに脅すということもあった。

 

2003年8月18日、朝までゲーム喫茶で仕事をした尾形が自宅に戻って酒を飲んでいると、少女Aから呼び出される。

結局、尾形は一睡もしないままファミリーレストランに向かう。

尾形がファミリーレストランに行ってみると、少女Aの他に少女Aの知人の少年Bもいた。

ファミリーレストランに到着した尾形は生ビール4杯、ウォッカとかなりの酒を飲む。

 

酒に酔った尾形に少女Aは、鈴木さんの愚痴を言い出し、「やられそうになった」とレイプの話を尾形に訴える。

少女Aの話を聞いた尾形は激怒し、包丁を持って、少女A、少年Bとともに鈴木さんが住むアパートに向かった。

 

当時、別の部屋にいた鈴木さんは、少女Aに自分の部屋に来るよう呼び出される。

鈴木さんが部屋に入った瞬間、尾形の持っていた刃渡り18センチの包丁が鈴木さんの胸に深々と突き刺さる。

包丁を尾形が抜くと肺から空気が漏れる音とともに傷口から血が噴き出した。

後に尾形は、鈴木さん殺害に対して暴行の途中で殺意が芽生えたと主張している。

 

鈴木さんの上に馬乗りになった尾形は、何度も鈴木さんを刺して殺害。

その後の検分では、鈴木さんの直接の死因は右肺の貫通刺創による失血だったという。

 

 

尾形の凶行はこの後も続いた。

騒ぎを聞いて駆けつけた知人女性C子さんと同じアパートの住人女性D子さん、E子さんの3人に現場を目撃されてしまったからである。

「犯行を見られた以上、殺すしかない」、尾形は少女Aと少年Bとともに、アパート近くに停めてあった車に女性3人を脅して乗せた。

 

尾形は、助手席に少女A、後部座席には少年Bと女性二人を乗せ、残った一人は車のトランクに無理やり押し込んだ。

午後3時過ぎ、埼玉県秩父の「美の山公園」に一行はたどり着いた。

まず、後部座席の女性二人のうちの一人C子さん(当時19歳)を引っ張り出し、駐車場近くのトイレに連れ込み持っていたタオルで首を締めあげた。

ぐったりしたC子さんの体を何度も踏みつけた尾形はC子さんが動かないのを確認し、C子さんをその場において車に戻った。

 

尾形は、途中で車のトランクに押し込めていたD子さんを引きずり下ろし、タオルで首を締めあげた後、命乞いをするD子さんを踏みつけたうえ、包丁で突き刺した。

D子さんが動かなくなったのを確認すると、D子さんを土手下に投げ捨てた。

 

その後、熊谷市に戻った尾形は、最後の一人E子さんを資材置き場に連れ込んで首を絞め、ぐったりしたE子さんを何度も包丁で突き刺して逃げ去った。

 

午後8時過ぎ、瀕死の重傷を負ったE子さんは熊谷市内に住む男性に発見され、一命を取り留めた。

その後、美の山公園のトイレに放置されたC子さんも通りがかった住人に発見されて助かった。

しかし、途中で投げ捨てられたD子さんだけは、早朝、遺体となって発見された。

生い立ち

 

尾形英紀

 

尾形英紀は、1977年7月、熊谷市内のサラリーマン家庭に生まれた。

小学生の頃の尾形は、至って普通の少年だった。

中学校に進学した尾形は、軟式テニス部のキャプテンとして活躍し、県大会で入賞したこともあった。

しかし、中学3年の頃には傷害事件を起こし、たばこやシンナーを吸うようになる。

その後、高校進学をした尾形は、2年生のときに退学し、その後は地元の暴力団事務所に出入りするようになる。

暴力団事務所に出入りするようになった尾形は、傷害事件を起こして少年院に入所したり、恐喝事件を引き起こすようになる。

 

その後、暴力団を抜けた尾形は、まじめに働くようになり、結婚して子供も生まれた。

 

更生したかに見えた尾形だったが、平穏な生活は続かなかった。

2001年1月に酒に酔って暴れて逮捕され、執行猶予中だった尾形は、盛岡刑務所に服役することになる。

死を受け入れる代わりに反省するのをやめた

E子さんが発見されたことで事件が明るみになり、尾形は逮捕された。

 

2007年4月26日、さいたま地裁は尾形に死刑判決を言い渡した。

 

尾形は弁護人の勧めでいったん控訴の手続きを取るが、7月18日に控訴を取り下げて死刑判決を確定させる。

仮に無期懲役になったとしても仮釈放に30年、40年かかるし、それなら死刑の方がいいという理由だった。

 

死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラムによる死刑囚へのアンケートの返信では、死刑制度は廃止するべきと答え、「死を受け入れる代わりに反省の心を捨て、被害者・遺族や自分の家族のことを考えるのをやめました。」と回答した。

 

 

2010年7月28日、東京拘置所内の刑場で尾形の死刑は執行された。

享年33歳。

 

 

死刑の執行命令を出したのは、弁護士として死刑廃止を訴えていた千葉景子だった。

法相自ら死刑執行に立ち会うのは初めてのことである。