Pocket

新潟少女監禁事件は、小学生の女児が1990年から9年間の間監禁された事件。

2000年1月28日、新潟県柏崎市の佐藤宣行(当時28歳)宅に母親に対する暴力で相談を受けた保健所の職員が訪ねると、母親も知らない少女がいたことから事件が発覚する。

少女は、9年2か月前に三条市で行方不明になった女児であることが判明した。

 

生い立ち

佐藤は、1962年にタクシー会社役員の62歳の父親と36歳の母親との間に新潟県の柏崎で生まれた。

年老いてからの子供ということで、佐藤は両親に「ボクちゃん」と呼ばれて可愛がられ、欲しいものは何不自由なく買ってもらったという。

 

佐藤が小学生に上がる頃、両親は新築を購入し、佐藤は2階の十畳ほどの部屋を与えられる。

佐藤が中学に上がった頃、「学校が怖い」というので病院に連れていくと「不潔恐怖症」と診断される(父親も不潔恐怖症だったという)。

佐藤はわずかな汚れも気にする性格で、年老いた父親は佐藤からみると汚くみえたようで、父親を「ジジイ」と呼び毛嫌いするようになった。

父親に対する暴力はエスカレートし、次第に母親に対しても暴力を振るうようになる。

しかし、それでも両親は息子を叱らず謝るばかりであったという。

高校に上がっても周りからオカマと呼ばれ、佐藤も自宅にこもるようになる。

 

なんとか高校を卒業した佐藤は、自動車部品を製造する会社に就職をするが、些細なことで家に引き返すなどで数か月で退職し、以後、働くことはなかった。

最初の誘拐

佐藤が19歳とき、父親を家から追い出すが、そのことで母親と口論した佐藤は、仏壇に火をかけて火事になりそうになったという。

そのため、母親が佐藤を精神科へ連れていくと、「強迫神経症」と診断され入院。1月ほど入院する。

その後、佐藤は母に自立するといって家の増築を頼むと、その言葉を信じて母親は承諾する。

しかし、不潔恐怖症の佐藤は、建築業者が部屋に入ることを拒否し、増築も途中で終わり自立もすることはなかった。

その後も佐藤は変わることはないばかりか、1989年、佐藤27歳の時に下校途中の小学生の女の子を「可愛い」という理由で誘拐しようとして学校の職員に見つかり逮捕される。

判決の結果は、懲役1年、執行猶予3年だった。

また、佐藤は保護観察にされず、監督は母親に任され、警察は前歴者リストに佐藤を登録するのを忘れた。

このミスが監禁を長引かせることにつながったといわれている。

新潟少女監禁事件

そして、執行猶予中にもかかわらず、佐藤は下校中の9歳の少女をナイフで脅して誘拐する。

母親にばれないように少女を自分の部屋に入れ、少しでも音を立てると佐藤が激しく怒ったという。

事件後のインタビューでは、近所の住人が少女が監禁されていることを全く分からなかったといっている。

少女が音を立てたり、反抗しないように容赦なく殴る蹴るを行った。

また、監禁中は部屋に出ないように排泄にビニール袋を使用させられ、入浴もできなかった。少女がお風呂に入れたのは、9年2か月で1度だけだったという。

 

少女の家族は、少女が連れ去れた日に捜索願を出し、捜査するが手掛かりは見つからなかった。

前歴リストの登録者が捜査対象になるが、佐藤は登録されておらず、このことが後々警察の不祥事として問題となる。

 

少女は手足を縛られ、声を出さないよう、ベッドからおりないように言われ、このことを守らないとスタンガンで暴行された。

スタンガンの痛みで声を出さないように自分の身体を噛んだり、毛布を噛んで耐え、次第に痛みになれるように自らスタンガンを身体にあてることもあった。

途中から目を殴られると失明すると思い、自分から頬を差し出すこともあった。

少し気に入らないだけでも佐藤は少女に暴力を加え、暴行は1,000回以上にも及んだという。

事件発覚

佐藤の暴力は、母親にも向けられ限界を感じた70歳過ぎの母親は精神病院に助けを求める。

そして、佐藤の医療保護入院が決まり、保健所、市役所、医療関係の職員が7人で佐藤の自宅を訪ねる。佐藤は「帰れ」と暴れるので鎮静剤を投与すると次第に大人しくなり眠りにつく。

その騒動の中、少女はいいつけ通りベッドの上で大人しくしていたが、布団のふくらみに気づいた職員が少女を見つけて事件が発覚する。

関係者が佐藤の母親に少女のことを聞くと、母親は「知らない」と答える。

その後、少女から名前を聞き、その少女は9年前に三条市で行方不明になった少女であることが判明。9年2か月ぶりに母親と再会を果たす。

警察の不備・不祥事

事件当時、警察の不祥事が相次ぎ、三条署でも警察官が複数の未成年に対してわいせつ行為で諭旨退職していた。

 

佐藤逮捕後、この事件がなぜ発覚まで9年以上もかかったのかといった警察の不備・不祥事に向けられた。

被害女性発覚時、面倒という理由で警察は出動を拒否し、本部長も接待マージャンを優先して出勤したのは翌々日という失態を犯している。

結果として新潟県警本部長が辞職し、警察庁長官が公安委員会から処分を受けた。

判決

2003年6月最高裁は佐藤を懲役14年として確定。

そして、9年以上にわたり少女が監禁されたことに佐藤の母親が本当に知らなかったのかが問題となるが、佐藤は母親が2階へ上がることを禁止しており、母親の指紋も発見されなかったため、母親は無罪。

 

参考文献

14階段 検証新潟少女9年2か月監禁事件  窪田順生

新潟少女監禁事件 密室の3364日  松田美智子

商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。

新潟少女監禁事件 [ 松田美智子 ]
価格:799円(税込、送料無料) (2016/9/1時点)