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横浜・強盗母子殺人

昭和42年(1967)3月15日、横浜市戸塚区にあるアパートに住む母子が、顔見知りの堀越喜代八によって殺害された事件。

金銭目的の犯行だった。

事件概要

犯人の堀越喜代八と被害者は、以前からの顔見知りだった。被害者の夫と堀越は、ベトナムで建設中のダムの工事で技術員として共に働き、帰国後も親しい交際は続いた。被害者の夫が外国に派遣されて留守のときも堀越はよく顔を出す間柄だった。堀越の婚約者も紹介していた。

事件当時の堀越には婚約者がおり、結納金8万円を届ける予定だった。しかし、堀越は、前日に酒を飲んで結納金を使ってしまった。

 

堀越は、そばにあったスカーフで母(25)を絞殺し、近くにいた1年3か月の子も絞殺した。

母子殺害後、通帳を奪い、ガスレンジとガスストーブを放出して放火自殺を演出して逃走。アパートから300mの郵便局で4万9900円をおろした。

結納金8万円のための母子殺害だった。

発覚

夕方になって隣に住む主婦が戸塚署に通報した。

被害者母は、用心深い性格だったため、最初から顔見知りの犯行と思われた。指紋も消され、計画的な犯行と思われた。

隣に住む主婦は、午前11時半ごろに悲鳴を聞いたが、一度だけであとは静かだったと証言した。

事件から4日後の3月19日、郵便局に残した支払い伝票の指紋と郵便局員が覚えていた容貌から犯人が割り出され、翌20日に逮捕状、21日に全国指名手配された。

婚約者と下田の旅館に投宿していた堀越だったが22日の夕方に逮捕された。

最後の言葉

逮捕から8年8か月後の昭和50年12月7日、死刑が執行された。享年37

辞世の歌は、

「この難き実りを聞きてゆくならば 反論もなし得んか閻魔のまえに」

 

 

出典 死刑囚の最後の瞬間 大塚公子