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ピアノ騒音殺人事件

ピアノ騒音殺人事件が起きたのは、昭和49年の神奈川県平塚市にある県営団地の3階だった。近隣騒音という問題が初めて浮き彫りになるきっかけとなった殺人事件。

4階に住む無職の大浜松三(46)は、3階に住む奥村家に刺身包丁を持って押し入った。そして、ピアノを弾いていた長女を刺し、近くにいた次女を刺し、ごみを捨てに行って帰宅した母親を刺殺した。

大浜は、ふすまに文句を書いて逃走しているが、2日後に自首した。

騒音問題

事件があった昭和49年は国内のピアノ生産台数が最高記録に達し、騒音が問題化していた。

大浜松三は、独身時代に騒音で苦情を言われてからは神経質なほど気を使っていた。当時の妻によると、奥村家のピアノについて確かに度を過ぎていると発言している。

大浜がピアノの音に対して奥村家に注意をしてからは、不規則に一日練習し、大浜の帰宅をみはからって練習することもあったという。

凶行

ピアノを弾いていたのは、夏休み中の8歳の長女であった。学校のある日は帰宅後にピアノの練習をしていたが、この日は夏休みだったため、7時過ぎから練習をしていた。

ピアノの鳴る音で目を覚ました大浜松三は、ピアノの音に激怒し、1週間前に購入した刺身包丁をもって、ドアが開いたままの奥村家に押し入った。そして、ピアノを練習していた長女の胸を刺して殺害。続けざまに近くにいた4歳の次女を殺害した。その後、ごみを出しに行っていた母親が戻ったところを殺害してバイクで逃走した。

その際、ふすまに「迷惑をかけるんだから、すみませんのひと言ぐらい言え。気分の問題だ。来たとき、挨拶にも来ないし、バカ面してガンとばすとは何事だ。人間、殺人鬼にはなれないものだ。」と書きのこした。逮捕後、残された父親に誰がやったのかを知らせるために書き残したと供述している。挨拶というのは、引っ越してきてもあいさつに来なかったことを指している。

犯行の2日後に平塚署に自首した。

判決

大浜は当初、「死刑になりたくてやった」と裁判で発言している。

1975年死刑判決。

当初、控訴したが、拘置所内の水洗トイレの音に悩まされ、控訴を取り下げて死刑が確定した。