Pocket

熊本お礼参り連続殺人事件

事件概要

昭和60年7月24日、熊本市から南へ20キロの上益城郡甲佐町にある「甲佐砕石工業」の経営者、谷ミツ子さん(63)と、同居していた養女の則子さん(22)が惨殺されているのが発見された。

2つの死体は刃渡り20センチの刺身包丁で全身めった刺しされ、2人合わせて76か所に刺し傷があった。

無期懲役囚の森川哲行(55)が熊本刑務所を仮出獄してから1年半後の犯行だった。

生い立ち

森川哲行は、昭和5年4月10日に熊本県飽託郡天明町で森川安雄氏の三男として生まれた。天明町は漁師町で気性の荒い土地柄で、戦前の祭りでは腕や足の骨が折れるのは当たり前だったという。哲行が2歳にの時、父の安雄氏が些細な喧嘩が原因で死亡しているため、母親は別の男性と再婚した。残された兄弟は、父方の祖母に引き取られ、父方の叔母・林田やすえ・政雄夫婦の手で育てられた。引き取られた林田夫妻は比較的裕福で、森川兄弟は可愛がられた。そのため、兄の道雄氏は真面目に育ったが、どうしてか哲行は15歳の時には傷害で逮捕され、12月には懲役6月の刑がとなった。

20歳を過ぎても哲行は定職に就かず、全国の工事現場を転々とし、行く先々で傷害沙汰を起こして刑務所の中と外を行ったり来たりしている。

森川が一度は落ち着くことになったきっかけが、27歳の時の妙子さんとの見合いだった。妙子さんは、母方の伯父夫婦に預けられ家業を手伝っていた。妙子さんの親代わりの谷三十郎氏は、事件で殺された谷ミツ子さんの夫・末則氏の兄で、ミツ子さんにとっては義理の兄にあたる。

新婚生活

森川哲行と妙子さんは、昭和34年に結婚した。最初は森川が海苔の行商で生計を立て、2人の子供にもめぐまれたが、結婚後しばらくして森川は働かなくなった。酒を飲んでは妙子さんに暴力を働き、妙子さんは何度も殺されかけたという。虐待は日常茶飯事で、ナタで切りつけて妙子さんの腕の傷が骨まで達していたこともあったという。また、タバコの火を押し付けられて妙子さんの体は火傷跡だらけだった。

このままだと妙子さんが森川に殺されると判断した仲人の谷三十郎氏は、二人を別れさせるため、森川に別れ話を切り出した。

1度目の殺人事件

谷三十郎氏から妙子さんとの別れ話を聞いた森川哲行は、それならお金を持ってくるから待ってくれと言い、飛び出していった。しばらく経っても戻ってこないため、午後8時、三十郎氏の自宅をあとに、妙子さんと母親のハツ子さんは家に戻るためにバス停に向かった。すると、バス停の前に森川が待ち伏せていた。森川が妙子さんと話をさせてくれと言ったため、ハツ子さんが少し離れると、森川は妙子さんとよりを戻したいと言うが、妙子さんは納得しなかった。次の瞬間、森川は持っていたナイフを取り出し、妙子さんの胸を刺した。慌ててハツ子さんが止めに入ると今度はハツ子さんを何度も刺した。2人は救急車で運ばれ、妙子さんは一命をとりとめたがハツ子さんは出血多量で死亡した。森川は金をとりに行く振りをしたがナイフを買いに行っただけで、最初から殺すつもりだったという。

森川は逮捕され、昭和37年11月、無期懲役の判決が下った。

最初の仮出獄

無期懲役の判決が下った森川哲行は、仮出獄したときに備えて復讐の計画を立てた。

森川は、「服役して考えたことは・・・・・・谷一族に対する恨みでした。」、「なぜおれがこのような苦しい目に合わなければならないのか、と思うようになり、憎しみがますます募ったと言っている。次第に仮出獄したらこの苦しみを何倍にも返すことを考えて頑張ったというのだ。

事件から14年、森川は仮出獄した。

出獄した森川は、叔母夫婦の林田夫妻のところに身を寄せたが、相変わらず仕事もせず、朝から酒を飲む生活だった。生活態度を改めるように林田夫妻が注意すると、刺身包丁で追いかけ回して殺そうとした。騒ぎを聞いて駆けつけた実の兄の道雄氏が仕方なく110番してようやく収まったが、森川は刑務所に逆戻りされた。今度は、叔母夫婦と実の兄に対しても復讐することを決めたという。

復讐ノート

仮出獄が取り消されてから5年半を経て2度目の仮出獄で再び森川は社会に放たれた。実の兄からも見放された森川の身元引き受けは、北九州市の保護観察施設寮がなった。殺人計画はこの寮で計画された。

森川が立てた殺人計画では、まず妙子さんを一番に狙い、妙子さんの親類縁者までがターゲットにされた。

2番目のターゲットは、谷三十郎氏と一緒に仲人となった三十郎氏の妻だった。

3番目のターゲットは、谷三十郎氏の弟の谷末則氏の妻ミツ子さんで、理由は妙子さんのことで相談にのってくれず、妙子さんの再婚相手を紹介した末則氏の妻だからだった。

4番目のターゲットは、妙子さんの叔母に当たる人で、理由は裁判で「死刑にしてくれ」るよう発言したからだという。

5番目のターゲットは、可愛がって育ててくれた林田夫婦だった。理由は仮出獄を取り消させたことだった。その他兄の道雄氏にまで及んでいた。

こうしてターゲットを大学ノートにリスト化してどうやって殺害するかを計画した。

2度目の凶行

最初、妙子さんの殺害を第一に考えたが、当然、親戚は誰も教えてくれない。復讐を恐れた妙子さんは親戚にも教えなかったという。次第に所持金もなくなっていった森川は、半ばやけくそになり、恨んでいる人間を次々に殺していくことを計画。金物屋で刺身包丁を購入し、2番目のターゲットだった谷未亡人の自宅を訪ねたが、その日はたまたま谷未亡人は犬を近所から預かっており、犬を警戒した森川はこの日の襲撃を諦めた。次にターゲットとなったのが、谷ミツ子さんだった。

谷ミツ子さんは、養女の則子さんと二人暮らしだった。

7月24日午前2時過ぎ、ミツ子さんの自宅のクーラー室外機の上の出窓から侵入した。2人はミツ子さんと一緒の部屋で寝ていた。森川がそっと侵入してミツ子さんを見下ろしながら、立ったままミツ子さんの顔に包丁を突き付け、妙子さんの居場所を聞いた。しかし、「知らん」の一点張りでミツ子さんの居場所を言わないため、ミツ子さんの胸を包丁で突き刺した。そのまま首、胸、腹、肩、とメッタ刺ししていく。音を聞いて目を覚ました則子さんだったが、森川は則子さんに襲い掛かり立て続けに包丁で刺された。彼女は刺されながら電話へたどり着き、電話しようとしたが、それに気づいた森川に背中を刺され受話器を取り上げられた。その後も二人は何度も刺され、二人の遺体には合わせて76か所の刺し傷があった。

二人を殺害した森川は、部屋を物色し現金を盗んだ。現金は40万円以上あったという。

逃走

谷ミツ子さんと則子さんを殺害した森川は、馴染みのスナックへと向かった。テレビでは早くも事件のことがニュースとなっていることを知った森川は、タクシーで熊本県の立願寺温泉という温泉町へ向かった。ここで知り合った主婦と意気投合し、主婦の行きつけのスナックのママと三人で酒盛りをした。そこへスナックのホステスが来たため、そのホステスと主婦を誘って三人でモーテルへ行った。森川は二人と交互にセックスをして、夜には二人を連れて飲み歩いた。5日後、モーテルを出て荒尾市にある競馬場へ出かけたが、そこで張り込んでいた刑事に取り押さえられて逮捕された。

恨みを晴らす計画でいっぱいでした

逮捕された森川は、恨みを晴らすことでいっぱいで、自分なりに殺す相手に順番を立てて、ノートに家族構成などと共に記入したといった。

「私は、無期懲役囚で仮保釈中の身ですから、今度捕まればいつ刑務所から出られるか分かりません。それなら、いっそのこと恨んでいる連中を皆殺しにしてしまおう、そう思いました。だから、谷ミツ子や則子を殺したことについても、何も反省していないし、反省するぐらいならこんな事件は起こしません。それより、二人を殺したぐらいではまだまだ足りない。それが正直な気持ちです。」(「殺人者はそこにいる 逃げ切れない狂気、非情の13事件」新潮45編集部)

 

平成11年9月、森川の死刑が執行された。

 

 

出典 「殺人者はそこにいる 逃げ切れない狂気、非情の13事件」新潮45編集部